(つづき)
8. 高山広さんとの接点
July 07, 2006
Takayama Hiroshi Talks About Luther Vandross
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_07.html
【高山広・ルーサーを語る】
なりきり。
夜、携帯に一通のメールが届いた。「ただ今ミッドナイト・アワーでダンス・ウィズ・マイ・ファーザーがかかってます」 『ソウル・サーチン・ザ・セッションVOL。1』で見事な一人芝居を演じた高山広さんだった。ちょうど、1本原稿を終え、おなかも減ったところだったので、(目黒のソウル・バー)ミッドナイト・アワーに向かうことにした。
先日はお疲れ様、という感じで、当日の話などをいろいろした。本番当日、僕は演技を追えた高山さんが、数週間前までルーサーを知らなかった、という話をして、パネリストの松尾さんや尾臺さんを驚かせたがちょっと説明不足感があるので、補足してみたい。
5月中旬、武蔵小山のソウル・バー、ゲッコーで偶然高山さんを紹介され、「ルーサーというシンガーの物語を10分くらいでできませんか」みたいな話をしてみた。興味は持っていただいたらしく、とりあえず、音資料、紙資料を渡すことにした。ちょうど数日後の5月20日(土)に目黒ミッドナイト・アワーでライヴがあるので、資料渡しがてらライヴを見た。(その時の感想文は下記に↓)
May 22, 2006
Takayama Hiroshi One Man Stage Play
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200605/2006_05_22.html
ここからが驚愕の新事実! 渡したCDは数枚、『ベスト』、『エッセンシャル』、『ネヴァー・トゥ・マッチ』、『ライヴ』、そして、『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』。紙資料はこのブログで書いていたルーサー関連の記事(訃報記事、ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー秘話、訳詞など)と、『ネヴァー・トゥ・マッチ』の長編ライナー。ちなみに書いたのは松尾潔さんと僕。
この日以来、高山さんはまず毎日一日中ルーサーのCDばっかり聴くようになったという。ルーサー漬けになる日々の中で、ふと歌詞を見たいと思ったことがあったそうだ。(僕はCDだけを渡したので、歌詞カードがついていなかった) 「だけど、歌詞を見るよりは、歌声そのものとか、息遣い、声の出し方なんかをじっくり徹底的に聴こうと思って、(歌詞の)意味はわからなくても、ずっと聴き続けた。そして、曲けっこう覚えましたよ」と彼は言う。
そうして聴いているうちに歌詞カードはなくとも、いくつか歌えるような曲もでてきた。「たとえば『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』は(アルバムの)7曲目で、『バイ・ミー・ア・ローズ』は4曲目ですよね。これがものすごく気に入ってね。曲順とかも覚えちゃいましたよ。やさしいですよね、この人、繊細というか」
つまり、高山さんはルーサーのCDから流れてくる曲を何度も何度も聴き続けることによって、ルーサーというのはどのような人物で、どのような性格でどんなタイプの人間なのか、ということをある程度知るにいたったのだ。さすが人物観察力、洞察力の素晴らしい高山さんである。その時、言葉の壁は関係ない。こうして、高山さんはすっかりシンガー、ルーサーの大ファンになってしまった。それからおもむろに紙資料を読み込み始めた。そして、さらにルーサーの人柄に惚れこんだ。
「僕自身もその人(今回はルーサー)に惚れこまないと(演じることは)できないですよ。でも、このイヴェントは出演者や来てる人たち全員がルーサーへの愛があってよかったですよね。本当に楽しかったですよ。(いろんな反響を聞いて)ほっとしてるところです」と言った。
ルーサーの資料の中から、いくつかのエピソードにフォーカスし、彼は台本を書き上げた。リハの時にそれをいただいたが、A4の紙に3枚程度のものだ。印象に残っているフレーズがある。たとえば、「人は皆、弱い生き物さ。だけど、その弱さを心底知っている者こそが本当の強い人間なんだ。強さとは、優しさだ。優しさとは愛だ。お前には愛の力(パワー・オブ・ラヴ)、そしてそれを信じる心が備わっていたのさ。世界中がお前に感謝している。ねえ、みなさん!」 ここで、観客席から拍手と声援。これなど、まさに彼が音を聴き込み、資料を読み込み、イメージしたルーサー・ヴァンドロスなのだが、本当にその通りだと思う。リアルだ。この英語版を作って、それこそディーヴァに見てもらいたい。
(高山広)
台本を書き上げた後、いつどこで練習するんですか。「どこでも、やってますよ。歩きながらでも。車乗ってる時でも」 一日中ルーサーモードになっているらしい。高山さんをよく知るミッドナイト・アワーのナル君は、「ある時から、高山さん、ルーサーになりきってましたよ。それを見て、これは絶対うまくいくなと思いました」と打ち明ける。
6月29日(木)、バンドのリハーサルの後、高山さんが通しで一回やってくれた。途中、止まったりしていたので25分くらいになっていた。その時点では「本番はもう少し短くなります。短く作ったものを長くするのは大変なんですが、長く作ったものを短くするほうが簡単なんで」ということだった。僕は彼に言った。「まあ、15分くらいでまとめていただければうれしいんですが、ひとたびライヴ始まったら、もう高山さんのものですから(笑)」 つまり、始まったら20分になろうが、25分になろうが、もう僕は止められないという意味だ。腹はくくった。(笑)
30日夜。進行表を作って関係者に送った。そこに曲目などを書いておいたのだが、高山さんの演目に、僕はリハを見て勝手に「Heaven's Studio (ヘヴンズ・スタジオ=天国のスタジオ)」とつけた。ただ当日はあまり予断を与えてもよくないと思い「ルーサー物語」とだけ紹介したのだが、高山さんも気に入っていただいたみたいでよかった。正式なタイトルは、「ヘヴンズ・スタジオ~ルーサー物語」にでもしましょうか。(笑)
ところで高山さん、歌も歌えるなら、今度は自分の歌のフレーズもいれてロング・ヴァージョンでやってみるというのは、どうですか? 「いやいやいや・・・(笑) 歌は自信ないです。でも、ロング・ヴァージョンはできますね」 あるいは、人前でやるのではなく、たとえば音だけで「ラジオ・ヴァージョン」はできますか。「それも、ちょっと変えてできます。なんなりと~」 一度だけではもったいない。どこかでなんか再演できるといいと思う。
というわけで、「ヨシオカにビー・ケアフル! マメにブログを更新する音楽評論家」(by 高山広)ですので、さっそくその時の話をご紹介してしまいました。(笑)
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◎高山広
☆2006/7/22(土) 目黒Midnitehour live
目黒のミッド・”密航ナイトアワー”(タイトル後日発表)
20:00open/21:00start(要予約)03-3444-2285 http://www.midnitehour.net/
ENT>MUSIC>LIVE>Soul Searchin': The Session Vol.1
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7.ルーサーの母死去
訃報・ルーサーの母死去
2008年04月18日(金)
https://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10089178526.html
■Mama Luther Dies At 82
【(訃報)ルーサーの母死去】
死去。
2005年7月1日に54歳で死去したシンガー、ルーサー・ヴァンドロスの母、メリー・アイダ・ヴァンドロスさんが、2008年4月9日(水曜)ニューヨークで老衰のため死去した。82歳と伝えられている。しばらく前から意識はなくなっていた。メリーさんには、夫、4人の子供がいたが、いずれも、メリーさんより先に亡くなっていた。
ルーサーは、4人兄弟のうち、最後に亡くなった。4人のうち3人が、また11人いる孫の1人が糖尿病が原因で死去しており、ヴァンドロス家にとっては、この病気は家系のようなものだった。
メリー・アイダさんは、1926年ごろ、サウス・キャロライナ州シャロウという街の生まれ。(彼女の死亡記事はいずれも82歳となっているが、2006年の記事で82歳という記載がある) 17歳のとき(1943年ごろ)、幼馴なじみのルーサー・ヴァンドロスさんと結婚。1946年にニューヨークに移り住んだ。その後、誕生した息子のひとりに「ルーサー・ロンゾーニ・ヴァンドロス」と名付けた。このルーサー・ジュニアが後にシンガー、ルーサー・ヴァンドロスとなる。母メリーさんは、大変信心深い女性で、教会活動なども積極的に行ってきた、という。
シンガー、ルーサー・ヴァンドロスの葬儀(2005年7月)には、ルーサーの親友フォンジー・ソーントンに車椅子を押されて出席。またこの席では、パティー・ラベル、アリシア・キーズ、アレサ・フランクリンらが「パワー・オブ・ラヴ/ラヴ・パワー」を歌ってルーサー送り出した。この葬儀では、母メリー・アイダさんが書いた詩をパティー・ラベルが朗読した。
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(追記)
ルーサーのソウル・サーチンで初めて音楽家の一人芝居を演じた高山広さんはその後、翌2007年3月にアレサ・フランクリンを演じた。そして、2018年9月、そのルーサーとアレサを約12年ぶりに再演。これが2019年2月、成城ホールで再演。さらにマイケル・ジャクソン没後10年記念で2019年6月、渾身の『マイケル・ジャクソン 終わらないDの物語』を完成させ披露、これまでに5回演じている。アーティストを一人芝居で演じるというまったくこれまでになかったエンタテインメントを高山さんにやっていただけているのは本当に幸運だ。改めて感謝したい。
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