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Channel: 吉岡正晴のソウル・サーチン
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★■サム・ムーア作品の作者、ボブジャーン・ショーペンについて

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★■サム・ムーア作品の作者、ボブジャーン・ショーペンについて

【About Bobbejaan Schoepen】

フラマン人。

一昨日のブログでサム・ムーアがマーティン・ルーサー・キングへ捧げる新曲「ゼイ・キルド・キング」を2014年4月4日にリリースするニュースを伝えた。

http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-11807127171.html

この曲を1968年頃、書いたのがボブジャーン・ショーペンという人物だが、この人の来歴がかなりユニークだったので、紹介してみたい。

ボブジャーン・ショーペンというのは、モデスト・ショーペンという人のペンネーム、1925年5月16日ベルギーに生まれたフラマン人だという。フラマン人とは北フランスやベルギーに生まれたオランダ語を話すゲルマン民族だそうだ。ヨーロッパでヴォードヴィル音楽などをやって旅回りをしていた。自身、シンガーで、曲も書き、コメディアン的なことや俳優のようなこともやっていた、というからかなり多彩な人物だ。しかも、ビジネスもうまく、企業家としても活躍した。ミュージシャンとしては戦後まもない1948年から1970年代中期まで活動。482曲の自作曲を書き、500万枚以上が売れたというから、大変な作曲家だ。

労働者階級からさまざまなことで成功し、ベルギーでのもっともリッチな人200人の中にはいるまでになった。

ミュージシャンとして彼は20以上の国を訪れたそうで、たとえば、ジョセフィン・ベイカー、カトリーナ・ヴァレンテ、ジルベール・ベコー、トゥーツ・シールマンズなどと共演した。トゥーツは、1951年、なんとボブジャーンランドのバンドのギタリストだったそうだ。

ヨーロッパ各地やアメリカ・ナッシュヴィルなどでもライヴを敢行、1957年には「エド・サリヴァン・ショー」にも登場している。

彼はその後映画にも出演したり、自身のサーカス・テントをもち、それで興行をおこなってきた。

彼は、さまざまなビジネスにも手を染めたが、その起業家としての一番大きな仕事は、ボブジャーンランドといういわゆるテーマ・パークを作ったこと。一時期は400人を越える従業員がいたが、最終的には2004年に入って売却した。その後、ボブジャーンは音楽活動に力をいれるようになり、2008年5月、アルバム『ボブジャーン(Bobbejaan)』をリリース。これは彼にとって35年ぶりのアルバムだった。

これをプロデュースしたのがベルギー・デンデルモンデに1950年に生まれたプロデューサー、ファーミン・ミッシェルス。このファーミンはバークレー・レコード、ポリグラムなどで仕事をしてきて、そんな中で、ボブジャーンの作品をてがけた。ファーミンはおそらくレコード会社のディレクター時代に、メンフィスのロイヤル・スタジオで何か仕事をしたのだろう。そこで、この曲はメンフィスの曲なので、ロイヤル・スタジオでの録音を思いついたのだろう。

それにしても、1968年に曲のアイデアが生まれ、それが曲として完成するまでに、46年の歳月かかかっているというのもすごい。

They Killed a King by The Legendary Sam Moore

http://youtu.be/nl1rocVZQko



この曲は2014年4月9日放送の「ソウル・サーチン・レイディオ」でオンエアする予定です。

SONG>They Killed A King
ARTIST>Moore, Sam
RADIO> Soul Searchin Radio



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